2011年度
2011年度研究会(大会)のお知らせ
2012年5月12日~13日に石狩市にて開催します。⇒終了しました今回は久しぶりの地域開催ということで、野外巡検を兼ねて。5月に実施します(年度替わっていますが、2011年度大会です)。
例年2~3月に固定することとしていたので、分かりにくくてすみませんが、札幌近郊ですので、振るってのご参加をお待ちしています。
また研究発表される方も募集しています(3月末締め切り予定)。⇒終了しました
大会の案内ポスター(チラシ)と、発表タイトル、発表順、要旨を掲載しました!
大会プログラム・要旨集も掲載したので、ダウンロードしてください!
大会プログラム・要旨集 ⇒ こちら
大会ポスター(A4判) ⇒ こちら
総会(2011年度)配布資料 ⇒ 準備中
北海道自然史研究会 石狩大会
~石狩海辺学(ウミベオロジー)+(プラス)北の自然史 最前線!~
日時:2012年5月12日(土) 10時~17時 研究発表・事例発表
(16時から研究会の総会、懇親会)
2012年5月13日(日) 09時~13時 巡検 (※会員のみ)
場所:
石狩市民図書館 視聴覚ホール 収容人数: 50人
巡検:
石狩海岸、望来などで計画中
共催:石狩市
大会幹事:
いしかり砂丘の風資料館 志賀
石狩浜海浜植物保護センター 内藤
申し込み:
一般市民
・定員:25人(先着順)
・参加申込受付期間:5/1(火)~5/9(水)
・参加申込方法:電話で、いしかり砂丘の風資料館(0133-62-3711)へ
研究会会員
・想定参加者数:20人程度
・参加申込受付期間: ~5/9(水)
・参加申込方法:メール等で研究会事務局へ
・所属・メールアドレス・連絡先(電話)・懇親会参加の有無をお知らせください
大会参加費:
一般市民 資料代として200円
研究会会員 参加料500円(研究会の年会費も兼ねる)
スケジュール(予定):
10:00~ 開会 会長挨拶など
10:10~12:00、13:00~15:50 研究・事例発表
16:00~17:00 自然史研究会総会
18:00~ 懇親会
発表一覧
午前 10:00~12:00
西川洋子 石狩浜の花とマルハナバチ -セイヨウオオマルハナバチの侵入がもたらす影響-
安田秀子 定期観察による石狩浜の花ごよみ 2011
竹橋誠司 砂浜のきのこ
藤原 一暢 石狩海岸に分布するイソコモリグモについて
徳田龍弘 石狩市内で見つかったシロマダラ
午後 13:00~14:20
志賀健司 石狩海岸林の融雪プールと花畔砂堤列
濱崎眞克 石狩湾沿岸防砂林内湿地に生息するキタホウネンエビについて
水島未記 北海道の鯨骨製記念物 続報と自然史的な意義
大鐘卓哉 石狩湾に発生する上位蜃気楼の観測
午後 14:30~15:50
鎌内宏光 道東における明治開拓以降の環境変化と森川海のつながり(予報)
川辺百樹 セグロセキレイにとって石狩川上流域は北限の安定的繁殖地
堀 繁久 北海道のゲンゴロウ
大原昌宏 博物館標本とバイオミメティクス
要 旨
石狩浜の花とマルハナバチ -セイヨウオオマルハナバチの侵入がもたらす影響-
花と花を訪れる昆虫は、受粉を介して密接なつながりを持つ。なかでもマルハナバチは、学習能力が高く、気に入った花を繰り返し訪れるので、花粉の運び手として、植物の種子繁殖を維持する重要な役割を果たしている。石狩浜に広がる海岸草原でも、多くのマルハナバチが観察される。主な在来マルハナバチは、エゾオオマルハナバチとハイイロ(ニセハイイロ)マルハナバチである。また、近年この地域へセイヨウオオマルハナバチが侵入、定着し、年々観察数が増加している。石狩浜におけるセイヨウオオマルハナバチの侵入が、在来マルハナバチの訪花パターンと利用する植物の種子繁殖に及ぼす影響を明らかにするため、セイヨウオオマルハナバチの侵入程度が異なる2地域について、主要な海浜植物の開花状況、マルハナバチ類の訪花頻度、結実率(種子のでき方)の比較を行った。在来マルハナバチ2種は、利用する植物の嗜好が異なっていた。セイヨウオオマルハナバチが利用する植物は、在来種のなかでも短い口吻を持つエゾオオマルハナバチと似ており、ハマナスやハマヒルガオで多く観察された。しかし、より長い口吻を持つハイイロマルハナバチがよく訪れていたハマエンドウでも訪花が頻繁に観察されるなど、セイヨウオオマルハナバチは比較的多くの植物を利用していた。セイヨウオオマルハナバチが多い地域では、少ない地域に比べ在来マルハナバチの観察数が少ない傾向がみられ、特にエゾオオマルハナバチがよく利用していたハマナスでは、セイヨウオオマルハナバチの利用割合が高くなっていた。今後セイヨウオオマルハナバチがさらに増加すると、餌資源をめぐる競争の結果、在来マルハナバチの減少傾向がエゾオオマルハナバチだけでなくハイイロマルハナバチでも加速することが予測される。マルハナバチがよく利用する植物の種子のでき方は、現在のところセイヨウオオマルハナバチ侵入の影響は認められなかった。ハマナスでは、減少したエゾオオマルハナバチのかわりに、セイヨウオオマルハナバチが受粉を担っている可能性が考えられた。
定期観察による石狩浜の花ごよみ 2011
石狩市はまなすの丘公園(石狩市浜町地先)は石狩川河口の砂嘴先端部にあり、石狩市の海浜植物等保護地区を有し、はまなすの丘公園を含む石狩砂丘を中心とした約25kmにおよぶ石狩海岸は、北海道自然環境保全指針(平成元年)において「すぐれた自然地域」に選定されている。砂浜と砂丘草原、湿地部分もあることから、海岸植物や湿生植物等、約180種類の植物が生育している。ハマナス・ハマボウフウの大群生地に加え、絶滅危惧種であるイソスミレの日本海側の北限自生地でもあり、最近は絶滅危惧種の海浜生キノコやイソコモリグモが確認され、改めて注目を集めている。
石狩浜海浜植物保護センターは、石狩浜の自然の基礎情報を得るために、2004年より石狩浜に生育する代表的な植物の開花状況および野鳥の観察状況を記録してきた。本観察もその一環として行われた。2011年の4月から10月までほぼ2週間毎に、はまなすの丘公園の散策路沿いに見られる海岸植物、湿生植物、帰化植物を含む主な植物55種について、植物の状態を記録した。植物の状態は、つぼみから始まる8ステージ(つぼみ、開花始まり、多数開花、多数散花、開花終了、実り始め、多数の実が色づく、多数の実が落下)のどの段階かを各段階に対応する印を用いて記録用紙に記載した。
月毎の開花種数は5月に3種、6月に26種に急増、8月29種、9月21種で初夏から初秋まで多種類の花が楽しめる場所であることが確認された。2011年の花ごよみは、5月上旬のトップランナー、イソスミレ開花から始まり、その後、ハマハタザオ・コウボウムギ、6月に入りハマエンドウ・アキグミと順次リレーされ、花ごよみの終盤は8月末にユウゼンギク・ウンラン、最終ランナーは9月下旬のコガネギク開花でフィニッシュとなった。主な植物について、つぼみから開花・結実・落果の様子、2011年に観察された特徴的な事象を紹介する。
砂浜のきのこ
1.はじめに
砂地生菌類(sand-fungi)は,18世紀初頭に北欧から報告され,海浜に分布する菌類については,これまで,スカンジナビア半島南部,フランス,イギリス,南米で詳細な調査が行われ,海浜には独特な形態的・生態的特徴を持つ多様な菌類が分布する.
一方,日本では,1955年から1956年にかけて,松田一郎氏と本郷次雄博士が新潟砂丘に分布する菌類調査を行った.しかしその後,この分野の調査・研究は低調で,全国的な海浜生菌類の分布状況やその生理・生態についての研究は,著しく遅れている. 本発表では,石狩砂丘を中心とした菌類の野外観察および培養・接種実験の結果を踏まえ,砂浜に生活する菌類の分布とその生活環の一端を紹介する.
2.観察と実験
野外観察は,石狩砂丘の前浜から第一砂丘にいたる7ヶ所の調査区,および枝幸町~紋別市,野付半島~風連湖,浜中町~厚岸町,鵡川干潟,苫小牧市の各砂浜を調査した.野外での接種実験は,石狩浜海浜植物保護センター見本園の実験区で行った.分離・培養実験は,産業技術総合研究所北海道センターにて行った.
3. 考察
(1) 分布
石狩砂丘では新種1種,日本新産種9種,北海道新産種2種,絶滅危惧種1種を含む34属57種が分布する.なお,石狩砂丘以外の調査地で複数の未報告種が採集され,現在検討中である.
(2) 生態(栄養の摂り方)
分解・吸収:砂浜に分布する菌類の多くは,顕著に発達した根状菌糸束を持つ.その先端は,海浜植物,特にハマニンニクやコウボウムギの根や茎あるいはその遺体と結び付き,これらの植物(遺体を含む)を分解し,栄養として吸収していると考えられる.
病原菌:スナジホウライタケは野外接種実験の結果,ハマニンニクやコウボウムギの病原菌であり,時に,それらを大量に枯死させる.
菌根菌:はまなすの丘公園に自生するクゲヌマランは,その細根にラン型菌根を形成する.菌根のDNA解析の結果,クゲヌマランはベニタケ科,イボタケ科の菌類と共生関係にあると考えられる.
(3) 生理(独自の生存戦略)
スナジホウライタケの例:培養温度30℃で急速な菌糸成長を示す.さらに,高い耐塩性・浸透圧耐性を有している.
スナハマガマノホタケの例:本種の菌核は,耐塩性と浮遊性を合わせ持つ.菌核が波にさらわれ,再度打ち上げられることにより生息地を拡散すると考えられる.
4.課題と展望
これまでの調査から,北海道の砂浜に分布する菌類相が徐々に明らかにされつつあるが,今後も調査地の範囲を拡大したい.同定作業の過程で,採集個体数当りの同定種の割合が少ないことは大きな課題で,専門家と連携した作業が必要である.また,海浜生菌類の生理・生態は不明な点が多く,より幅広い専門家との共同研究の必要性を痛感する.
未同定標本の中には,新種や日本新産種となる可能性の高いものが数多く含まれ,今後の研究による新たな知見が期待される.
石狩海岸に分布するイソコモリグモについて
イソコモリグモ(Lycosa ishikariana)は、海浜に生息する穴居性の大型のクモであるが、近年は生息地の減少やレクリエーション利用による影響から減少が指摘され、絶滅危惧Ⅱ類(環境省)に指定されている。SAITO(1934)によって石狩海岸が基準産地として記載され学名にもなっているが、これまでその分布に関する調査は行われていない。本報告は石狩海岸におけるイソコモリグモの分布状況について報告する。
調査は2011年の夏と秋に石狩市域の延長約8 kmの海浜地を対象に行い、汀線から内陸に向かって垂直に幅10 m×長さ約100 mのベルトトランセクトを6本設置し、各トランセクト内にあるイソコモリグモの巣穴の数と位置、平均直径(mm)を記録した。同時にトランセクトの縦断測量による地形と植生に関する情報を合わせて記録した。
分布調査の結果、夏では汀線から20?40 mに平均直径5 mm未満の小さな巣穴が集中して出現し、汀線付近にも巣穴が出現した。秋調査では平均直径5?9 mmのやや大きな巣穴が多く出現したものの、夏に比べて巣穴数は減少し、汀線付近には巣穴は殆ど出現しなかった。一方、汀線から40 m以上離れた内陸側では巣穴数は増加しており、イソコモリグモは季節によりその分布傾向に偏りが見られた。
イソコモリグモの分布を植生と重ねると、夏は砂浜に約3割、秋は海浜植生帯に約5割の巣穴が分布し、秋は海浜植生帯に約9割の巣穴が分布していた。夏秋には植生間で巣穴の移動が見られものの、夏秋共に汀線から60 m以内に約9割の巣穴が出現する事が明らかになった。このイソコモリグモの生息地である汀線から60 m以内の海浜地では、海水浴やRV車等の走行のようなレクリエーション利用が行われ、海岸保全地域と重なるため護岸や港湾などの開発が行われている。つまり、イソコモリグモの生息域と人間の利用域は重複しており、人間の利用や活動がイソコモリグモの分布・生息を制限している可能性が示唆された。
石狩市内で見つかったシロマダラ
シロマダラというヘビは本州、四国、九州及びその属島に生息している。このシロマダラは北海道内では道央及び道南でごく少数が見つかっている。しかし生きた状態で調べられることは今までなかった。2011年6月、北海道希少生物調査会(代表:寺島淳一氏)の調査により石狩市厚田区でシロマダラ成体(♀)が捕獲された。その後、筆者によりもう1個体(♂)が捕獲され、現在は両個体ともに札幌市円山動物園にて飼育管理されている。♀は捕獲時すでに妊娠しており、7月に2卵を産卵し、9月に2匹が孵化した。これによって得られた石狩原産のシロマダラ4個体の外観より確認できるデータの蓄積を行った。本州以南産のシロマダラとの比較を行いたかったが、今回の調査個体数が少ないことや、本州以南産のデータも多くないため、十分な検討を行えなかった。しかし、今回の4個体のデータの蓄積は資料的に貴重なものになった。
石狩海岸林の融雪プールと花畔砂堤列
石狩湾に面した北部石狩低地帯には,海岸線と平行に2列の砂丘が存在する.海岸線に沿った石狩砂丘と,内陸寄りの紅葉山砂丘に挟まれた幅5km,長さ約30kmの地帯には,やはり海岸線と平行な,高低差1~2mの波状の凹凸地形が20~30m間隔で繰り返されており,花畔砂堤列と呼ばれている.本来100~200列あったとされる砂堤列は,農地や宅地の開発のために均されて,地形としては今ではほとんど残っていない.
一方,石狩砂丘のすぐ内陸側には,幅およそ500mの海岸林が広がっている.人為的な改変をほとんど受けていない林内にだけは,花畔砂堤列の波状地形が現在でも明瞭に残されている.そこでは,冬の間の積雪が融解する4月中旬から5月ごろにかけて,一時的な雪解け水の水たまり「融雪プール」が,砂堤間の低地に無数に形成される.この石狩海岸林の融雪プールは体長約2cmの甲殻類キタホウネンエビの生息地となっている.プールの水量は年によって大きく変動する.雪解け直後でもまったく水体が見られない年もあれば,水深が1mを超えるような深いプールが多数形成され,夏まで水体が残るような年もある.2011年春は顕著に水量が多かった年で,大規模なプールは夏になっても干上がることなく,そのまま凍結,積雪期に至った.4年間の水位変動を観測してきた結果,水量(最大水位)の経年変化は周辺の年最大積雪量の変動とほぼ対応していることがわかった.
2011年春に海岸林東部を中心に融雪プールの水平分布を調査した結果,プールの分布は基本的に砂堤列地形を反映しており,その分布からも花畔砂堤列の砂堤の間隔は20~30mであることが確認された.さらに,高低差は一様ではなく,100~150m間隔で高低差が大きく明瞭な砂堤間低地が4列存在することがわかった.また,1つの砂堤間低地の中でも場所によって水体の有無に顕著な偏りがあり,海岸林を切断する埠頭や放水路の周辺ではほとんどプールが形成されていないことがわかった.
石狩湾沿岸防砂林内湿地に生息するキタホウネンエビについて
キタホウネンエビ(Eubranchipus uchidaii)は世界でも日本の北海道石狩湾沿岸地帯と青森県下北半島でしか発見されていない希少種である。この種は融雪性のホウネンエビの一種であり、春の融雪期に発生し30~60日程度の期間にうちに成熟、産卵し、夏から冬にかけての期間は耐乾、耐寒、耐酸性に優れた外殻を持つ耐久卵の形態で休眠する大型動物プランクトンである。成体の全長は10~30mm、耐久卵の直径は400μmであり、現在記録されているEubranchipus属の中で最大の卵を産卵する。
ホウネンエビ類は発生期の成体による遊泳、休眠期の風や洪水による耐久卵の流出による短距離移動の他、鳥類の羽毛に付着若しくは耐久卵が摂食→排出される事による長距離移動によって分布地を拡大していると考えられている。そのため同一種が北米大陸の東西に渡って生息している、フランスとイランで同一の遺伝子形が見つかるなど広範囲に生息している種も多い。そのような中で孤立かつ局所的な分布に留まっているキタホウネンエビが、この地域でのみ個体群の維持に成功している経緯は興味深い課題である。
石狩において、キタホウネンエビは防砂林内に点在する湿地に生息することで個体群を維持している。この防砂林は国有の保護林と言うことで直接の生息地破壊の危険性は低いものの、治水や風力発電をはじめとする周辺の開発により不圧地下水が融雪プールを形成するのに不十分なレベルにまで低下している地域があり、繁殖可能な地域は2002年と比べても狭くなっている。明治以来進められてきた治水工事の成功もあり、洪水による短距離分散の機会も減っているため、個体群維持の観点から見ると年々生息に不利な状況になりつつある。
北海道の鯨骨製記念物 続報と自然史的な意義
筆者は以前に、道南の日本海沿地域において、集落近くや寺院の境内などに残されている鯨類の骨に ついて調査を行った。これらの鯨骨は、本州以南(特に西日本)で見られる、いわゆる「鯨塚」と同様 の意味を持つものと推測された。
鯨塚は、日本における鯨類と人との関わりを象徴するものとして古くから知られており、捕鯨者が自 ら捕獲した鯨の供養のため建てた場合、寄鯨の肉などを利用した地域の住民が供養や感謝のために残し た場合などがある(進藤 1970、吉原 1977)。大部分は石造の墓碑や供養塔の形であるが、中には鯨 骨を利用してつくられたものもあり、これを筆者は便宜上「鯨骨製記念物」と呼んでいる。
主に現地での聞き取り調査により、大成町(現・せたな町)から小樽市までの範囲で、かつては20 か所に23(≒23個体、うち現存は12)の鯨骨製記念物があったことが確認できた(水島 2001、2002、 2003、2004)。これほど集中してみられる地域は全国でも他にない。
本報告では、以前に報文としてまとめた鯨骨製記念物を再度紹介し、それ以降に確認できた類例につ いて報告するとともに、自然史上の意義について考察する。また、あらためて情報提供を呼びかけたい。
石狩湾に発生する上位蜃気楼の観測
【高島おばけ】
小樽沖の石狩湾では、遠くの景色が通常とは異なって見える「上位蜃気楼」が発生する。上位蜃気楼(以下、蜃気楼)は、上層の暖かい空気と下層の冷たい空気との境界で光が屈折するために起こる大気光学現象の一種で、いくつかの気象学的条件が重なった場合のみ発生することが知られている。この現象は、幕末の北方探検家である松浦武四郎が1846(弘化3)年に見た現象で、小樽の高島の地名をとり「高島おばけ」と地元で呼んでいた現象である。武四郎は、遠方の船や島などの対象物が大きく見え、景色が刻一刻と変わるのに驚いた様子を『西蝦夷日誌』に記している。
筆者は1998年から石狩湾における蜃気楼の観測を行っている。観測の結果、この現象は4月から7月の間に、年10回程度しか観測されず、一般の人が見ても「すごい」と感じる規模が大きい現象は年に1回程度しか観測されない稀な現象であることが分かってきた。蜃気楼が発生した日の気象要素の分析から、その発生機構が解明されつつあり、ある程度の確度で発生の予報が可能になってきた。
【蜃気楼観測ネットワーク】
石狩湾における蜃気楼の研究を発展させるために、小樽市総合博物館と北海道・東北蜃気楼研究会は蜃気楼観測ネットワークを構成し、協力して観測を行っている。発生が想定される4月から7月の期間において、小樽市高島に設置したデジタルカメラにより、対岸の2方向を無人でインターバル撮影している。さらに、蜃気楼発生の可能性が見込まれる日には、観測ネットワークメンバーが石狩湾岸の各所で観測を行っている。これらの観測成果により、石狩湾内における蜃気楼発生エリアを限定できる事例が多数観測され、蜃気楼発生機構のさらなる解明に寄与してきた。
近年では、蜃気楼発生の予報期待度を事前配信し、蜃気楼観測状況をリアルタイム配信するメーリングリストの運営を行い、稀にしか発生しない蜃気楼現象を一般市民が実際に観察できるようにする試みを行っている。
道東における明治開拓以降の環境変化と森川海のつながり(予報)
(北海道大学北方生物圏フィールド科学研究センター厚岸臨海実験所)
近年、温暖化等の地球環境変動が生態系に与える影響の解明が課題となっている。しかし、ある生態系の長期変動は、温暖化等の地球規模の変化と同時に、土地利用改変など地域的規模での自然の変化をも反映している。北海道では開拓の進行に伴って明治以降に急激に自然環境が変化したとされており、生態系変化の原因として、地球環境変動だけでなく、開拓に伴う自然環境の変化の影響も加味する必要がある。本研究では、これらの要因に加えて、生態系間のつながり(例えば森と川、あるいは海)を考慮した、生態系の長期変動解析のための概念モデルを構築した。
道東地域を対象として、社会制度の混乱や統計資料が確立していない明治から第二次世界大戦前までを中心に、既往の文献資料を整理した。その結果、陸域では明治あるいは江戸時代中期以降における森林伐採などの土地利用改変を定量的に推定することが可能と思われた。一方、淡水域及び沿岸海域では特に明治から大正時代の資料が乏しく既往データをもとにした推定が困難であると思われたが、数理モデルによって陸域の変化による河川への流出過程については復元可能と思われた。また、沿岸域については底泥堆積物の解析による生態系およびフラックスの復元が有効と思われた。特に道東には集水域末端である河口が閉鎖的な汽水湖となっている集水域が複数存在しており(例えば別寒辺牛川集水域の厚岸湖など)、その底泥堆積物について、1)陸域由来成分や湖内に生息した生物の炭酸カルシウムを含む殻の分析による陸域変化の推定結果の検証が可能であり、2)栄養塩含量やケイソウ殻の分析による湖内の栄養状態や生物生産の長期変化を明らかに出来るだろう。
北海道では、明治以降の開拓による陸域の変化が、鉄道や港湾といった社会インフラの整備によって開拓が加速するという地域社会の変化と同時に、行政資料などとして詳細に記録されている。道東でも地方ごとに開拓された年代や開拓後の経緯(例えば土地利用の現況等)が異なっており、閉鎖的な河口湖を持つ集水域を比較することで、開拓の進行と自然環境への影響を解明するために適した条件を備えていると考えられる。
セグロセキレイにとって石狩川上流域は北限の安定的繁殖地
セグロセキレイは日本列島の固有種
セグロセキレイMotacilla grandis(以下,セグロと略)は日本列島の固有種である.セグロが日本列島の固有種になった要因を考察するうえで,セグロの分布限界に位置する北海道での生息実態の把握が大きな手がかりを与えるとの観点から調査を行い,砂礫川原の鳥であるセグロが北海道において普通に見られない(uncommon)のは,好適な生息地である砂礫川原が乏しいためであるとの考えにいたった.これに基づき仮説を提示した(川辺2004).それは,第四紀(およそ260万年前)以降の急速な隆起によって,日本列島に特徴的な水辺空間である砂礫川原が出現し,ここを生活の場としたセグロの祖先が固有化の道をたどった,というものである.
北海道における繁殖分布のこれまでの知見
北海道にセグロが少ないことを初めて指摘したのは清棲(1952)であった.その後Austin and Kuroda(1953)が北海道の中央部と北部に少ないとの見解を,Yamashina(1961)が北海道北部にいないとの見解を明らかにした.これらは断片的観察に基づくものであったが、1978年に環境庁が行った鳥類繁殖地図調査(日本野鳥の会1980)によって,北海道におけるセグロの繁殖分布の概要が明らかになった.これによると,北部の宗谷地方から東部の根室地方,さらに釧路地方にいたる地域でセグロの繁殖が確認されず,セグロの繁殖分布の東限は「陸別」(5万分の1地形図名,以下同じ)であり,同じく北限は「初山別」であった.その後2002年に環境省により同様の調査が行われ,「弟子屈」で繁殖が確認され東へ拡がった.しかし「初山別」では繁殖が確認されなかった.
北海道における繁殖分布の現在の東限と北限
自分の仮説(川辺2004)を確かなものとするため,2008年から本格的に北海道各地の河川で調査を開始した.調査はGoogle earthや空中写真などを参考に砂礫川原のある河川を探し出し,現地で生息の有無を確認するという方法で行っている.その結果,1978年の鳥類繁殖地図調査において,繁殖情報のなかった東部の茶路川など白糠丘陵に源をもつ河川や忠類川などの知床半島基部の河川にセグロの安定的繁殖地があることを確認した.つまり東限に関しては北海道島のほぼ東端の砂礫川原まで繁殖することが明らかになった.繁殖分布北限の「初山別」のどこで繁殖したか具体的情報を得ていないのだが,最も可能性の高いところは砂礫の多い礫床河川である遠別川である.そこで2008・2009・2011年にこの川で調査を行ったが,セグロを確認するに至っていない.演者自身がこれまでに確認した北限の繁殖地は岩尾内湖(N44°5′49″)である(1992年).しかしその後繁殖は確認されていない.演者が把握している現在の北限の繁殖地は旭川市永山の石狩川である.ただしこの付近の石狩川で確認されたのは1つがいにすぎず,支流の忠別川で多くの個体が観察された(2011年4月に1つがいと雄8).このようなことから,セグロの北限の安定的繁殖河川は石狩川水系の忠別川であるとみている.セグロの繁殖分布の北限を決める要因については,紙幅が尽きたので講演のなかでふれたい.なお,北海道において最も標高の高いセグロの繁殖地は,石狩川の高原大橋付近である(標高800m).
北海道のゲンゴロウ
ゲンゴロウ見たことありますか?もう、自分の子ども時代には、いわゆるゲンゴロウ(ナミゲンゴロウ)は少なくなっていて、札幌では、子供が採れる昆虫ではなく、図鑑や標本で見るだけのあこがれの虫だった。道内の分布は、基本的に平野部の水草の豊富な池に限られ、その生息地はかなり狭い。札幌市内だとほぼ絶滅に近い状況で、わずかに福移湿地や世田豊平川などで確認されている程度。ただし、道内でも石狩低地帯は、本種の生息地が残されている場所で、札幌以外の石狩市、江別市、北広島市、恵庭市、千歳市、苫小牧市、厚真町などでは、まだ見ることができる。
では、北海道にはいったい何種類のゲンゴロウが生息しているのだろうか?
北海道で見られるゲンゴロウの種類を複数思い浮かぶ方は、かなりゲンゴロウに詳しい人に違いない。実際には、森・北山(1993)『図説日本のゲンゴロウ』には全国で117種が掲載されていて、そのうち北海道産は51種。森・北山(2002)の改定新版では、133種が掲載され、北海道産は55種になっている。増えたのは、アナバネコツブゲンゴロウ、アンガスナガケシゲンゴロウ、カラフトナガケシゲンゴロウ、オクエゾクロマメゲンゴロウの4種。それ以降も。渡島半島から発見されたトウホクナガケシゲンゴロウ(岡田、2007)。道南の小河川からホソクロマメゲンゴロウとチョウカイクロマメゲンゴロウ(Okada、2010)。最も新しいところでは、野幌森林公園を基産地として記載されたニセモンキマメゲンゴロウが特筆される(Okada、2011)。この種は、堀(2002)が、北海道開拓記念館紀要に「野幌森林公園のゲンゴロウ相」としてとりまとめた中でモンキマメゲンゴロウとして記録したもの。当時は斑紋が大きな個体変異と勝手に解釈してそのままスルーしてしまった。当時北大水産学部大学院にいた岡田亮平さんにより新種記載されたものである。これで、北海道のゲンゴロウは59種となった。あと1種で60種となるのだが、果たしてそれは何時確認されるのか、今からワクワクしている。
ゲンゴロウ類は各地で減少してきており、北海道レッドデータブック2001には、18種が希少種(R)として掲載されている。
北海道のゲンゴロウは国内ではこの島のみの分布という北方系の種が多く生息し、その生息環境も高山から湿原、流水から池や沼などの止水、様々な水域に特徴的に生息しており、水辺の自然度を示す環境指標種としても期待できる。この機会に北海道に生息するゲンゴロウに興味を持って、この夏は是非、川や池に入って、この小さな水生甲虫と対面してみていただきたい。
博物館標本とバイオミメティクス
バイミメティクス(生物規範工学)は、生物の構造や機能を模倣し、新しい工学的技術を開発する分野である。近年、「カの口を模倣した痛くない注射針」「サメの皮膚を模倣した水抵抗の少ない水着」「ヤモリの指先を模倣した粘着テープ」など、さまざまな新技術と商品開発がなされ注目されている。
模倣の元となる生物が体系的に集められ保管されているのは博物館であり、博物館の膨大な生物標本は、分類、整理され、写真に撮られデータベースとしてデジタル情報のタグをつけられている。しかし、これらの標本のデータや写真は生物学分野(分類学、形態学、生物多様性保全)の使用に限られ、他分野のデータ利用はきわめて限られたものであった。
工学の一分野であるバイオミメティクスは、多くの生物種について、形態、構造、動き、機能を知り比較する必要がある。現在、北海道大学総合博物館では、バイオミメティクス関係の工学系研究者向けに、開発の手がかりとなる生物情報(画像など)を、効率的に提示する方法を模索している。その試みとして、「微小昆虫類の表面構造SEM 画像データベースの構築」を行った。
本講演では、(1)現在までに撮影されたSEM画像をデータベースとして整理し、工学者へ提示する意義と手法、(2)博物館を舞台とした生物学と工学の研究者間の学術交流を行う利点、について論ずる。